— Still thinking. . .

0.5マイクロシーベルト毎時

僕が垣間みた福島は
豊かだった。

それはゲーテが言ったように
すべての理論が灰色にみえる、
そんな黄金にひかる
緑の生活の樹だった。

そう

霊山は美しかった。
金色に光る稲穂
街道沿いの清流
心地よいそよ風
鈴虫の声
そしてそれらを優しく包む、高くって、青い空。

南相馬の幼稚園、保育園
子供たちは無邪気だ
それぞれの個性があり
自由時間ともなれば
おのおのの距離感から僕らの様子を伺い
遊んでもらえると分かれば
一斉に飛びかかってくる。

絵本よんでよぅ
積み木しよ!
どこから来たの?
イギリスって外国でしょ?

しがみついてくる子
腕にぶら下がってくる子
押しくらまんじゅうみたいにして来る子

そのうち大運動会も通り越した
歓喜とエネルギーの爆発になる
祝祭的雰囲気といってもいい。
理屈も言語もいらない、そんな時間だ。
子供たちは、ただふれあいが、おとなのやさしいまなざしが、
ぬくもりが、欲しいのだ。

また来てネ
明日おいでよぉ
もう行っちゃうのぉぉ
そんなコトバが 胸に突き刺さる

またすぐね
そう言わずにはいられない
自分がいる

どこにでもある
そんな
そんな風にしかみえない
0.5マイクロシーベルト毎時

福島は
豊かにすらみえたのだ。

 

*2011年9月27−29日の三日間、友人の紙芝居プロジェクトにボランティア参加し、福島県南相馬市の臨時幼稚園と保育園を訪問した。幼稚園等グランドの表土は除染の為削り取られ、子供たちは屋外で遊ぶことが出来ない。その園児達と「参加型の紙芝居」を通して一緒に身体を動かし、楽しく時間を過ごすのがプロジェクトの主たる目的だった。主催団体おむすびネットワークのウェブサイトはhttp://www.omusubinet.jp/
*訪問した幼稚園/保育園は、福島第一原子力発電所から20-30km圏内で屋内退避指示が出ている「緊急時避難準備区域」内に位置するものもあった。南相馬市では20km圏外でも自主避難をした家庭が多く、幼稚園・保育園の先生方からは以前の2割の園児が残っている程度と伺った。沿岸部では津波の被害もあり、多くの幼稚園は休園または閉園を余儀なくされ、残された保育士さん達が既存の幼稚園校舎や公民館等を使って臨時合同幼稚園を立ち上げニーズに応えている。今いる園児たちの親御さんは、警察・消防等ライフラインに関わる方、企業や店舗の経営者、原発関係者が多いようだ。
*20-30kmの緊急時避難準備区域は9月末日をもって解除されたが、自主避難をした家庭のどれだけが市内に戻るか、また屋外の遊戯を解禁出来るか見通しは不透明である。
*園児たちの写真は記録係として僕が撮影したもの。記録写真の一部転載を許可して下さった上真野幼稚園の皆様、およびおむすびネット主催者の成瀬久美さんに感謝致します。
*タイトルの0.5マイクロシーベルト毎時は滞在中実際にガイガーカウンターで計測された空間線量である。もちろん場所により線量は上下し、9月27−29日の南相馬市滞在中、高い所は室内でも1.0マイクロシーベルト毎時(8.76ミリシーベルト/年)、低いところは屋内で0.25マイクロシーベルト毎時(2.19ミリシーベルト/年)だった。除染の努力が続く南相馬市のモニタリングポスト情報によると10月上旬現在、屋外の線量は使用する施設、舗装道路を中心に測って0.5マイクロシーベルト(4.38ミリシーベルト/年)毎時経で推移している。南相馬市では山、田んぼ、民家の一部は除染が終わっておらず、福島県に限っても、郡山市や福島市など他の市区町村を含め継続的に除染が必要となる。ちなみに、事故以前の日本政府が制定した民間人の被曝限度量は内部被曝と外部被曝をあわせて1ミリシーベルト/年である(この法定限度量は自然に存在する放射線から受ける1.0-1.5ミリシーベルト/年の外部被曝、CTスキャンやその他任意の被曝を除いた限度量)。政府の決定により、20ミリシーベルトという暫定被曝限度量が現在は採用されている。この理解に誤解等があると思われる場合はご教示下さい。

 

参考にしたサイトと文献

影浦峡「3.11後の放射能『安全』報道を読み解く」現代企画室、2011年7月
南相馬市モニタリングポスト情報 http://www.city.minamisoma.lg.jp/shinsai2/monita.jsp
線量換算 http://jp.newsconc.com/saigai/monitoring.html