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経度の測定・世界の摂理

論文を読んだ。以下は簡単なまとめ。

 

スェーデンの裕福な学者の子としてうまれたスヴェーデンボリ(1688-1772)を現代の職業的カテゴリにスッキリとおさめることは難しい。20代にロンドンに滞在した時から海上航行中に経度を測定する方法という大問題に取り組み、後年までその営みを続けたし、ロンドンから帰国しまもなくすると、政府の官吏として鉱山・鉱物調査に取り組み、のちには天文台の設立を働きかけ、また世界の起源を解き明かす書物や、神や天使が世界の摂理において果たしている役割について論じた書物を出版した。スヴェーデンボリの多彩な活動は、これまで一方では経度測定などを巡る彼の科学的活動が当時の啓蒙主義との関係で論じられ、他方で彼の宗教観が(ある種時代遅れの)バロック的、近世的枠組みの名残であると理解されてきた。本論文でのシェイファーの目的は、スヴェーデンボリの活動(特に海上での経度測定を巡る活動)を仔細に辿り、この前近代的宗教vs啓蒙的科学という解釈の構図では汲み取りきれない彼の活動の複雑さを炙り出すことにある。

経度測定する為にスヴェーデンボリが提案していた方法は、月と周辺の星との距離を測るという手法に依拠していた。新奇なものにみえつつも、実はその手法は16世紀以降に大陸ヨーロッパで提案されたものを焼き直したものにすぎなかった。他方で、彼の世界の起源や秩序についての著作を検討すると、大陸旅行や鉱山の調査で彼が得た地理的地質学的の知見と、聖書が解き明かした世界の起源の物語との整合性を模索する形で書かれていたことが分かった。

 

つまり彼の新奇な宗教観がバロックの名残であって、科学活動は(そうした過去から切り離された)理性的啓蒙主義の萌芽を示しているというこれまでの解釈は正しくない。むしろ、バロック時代からある天体観測の知見が18世紀に彼の経度測定手法に援用され(それは国際的な科学者のネットワークによって検討・批判された)、他方で彼の宗教観は、天使からの啓示などを信じつつも、経験的に得られた地質についての知識などと聖書以来の伝統的叙述の和解を目指しており、その点についてある種の理性的側面を備えていたと言える。

 

1740年頃にもなると、彼の天文学や経度測定手法についての見解の誤りや限界が指摘され、その信憑性は失われた。しかしスヴェーデンボリは海上における経度測定方法の「発見者」というステータスを決して捨てなかった。それは、経度の精密な測定が天の星々の運行の正しい理解を意味し、その発見者は(天体が神の意志において動いているのであるから)まさしく宇宙的摂理の発見者でもあるという象徴性をもったからではないだろうか。だからこそ、宗教的著作に傾倒していった長い人生の終盤においても、彼は経度測定への興味を失わなかったのだ。自然界とスピリチュアルな世界のこの象徴的同一性について著者シェイファーは含みを持たせることで、論文を終えている。

 

 

【感想】

ニュートンやボイルのようにある種の「科学的大発見」をした知の巨人ではない人間は歴史を振り返れば山のようにいる。スヴェーデンボリもその一人と言えるかもしれない。科学的知識の「前進」に劇的に貢献してはおらず(それ故あまり注目されてこなかった)彼のような人間を敢えて科学史で扱う意義とはどのようなものがあるだろう。そうした進歩史観に囚われない科学史の書き方について考えさせられた。この論文を読んだ学生が次のような質問を投げてきたと想定しよう。「バロック的宗教vs啓蒙的科学という構図がいけないのは分かった。natural & spiritual worldsの象徴的オーバラップがあったということも了解した。どちらも科学史以外の分野でも指摘されてきたじゃないか。この論点を科学史の素材で敢えてもう一度指摘することの意義は何だって言うんだ?」と。このso what?的な質問に、シェイファーならどう答えるのだろう。この論文には答えはない。これは彼が主導する経度測定についての大きな研究プロジェクトの成果の一部でしかない。もっと本格的な成果が共同で、もしくは単著としても発表されることだろう。 その中ではこうした「前進」に貢献しているとは思われない泡沫的アクターがどのような仕方で分析されるのか、注目してみたい。 

 

参考:■オシテオサレテ 経度を測り、金を調達し、ヴィジョンを得る Schaffer, “Swedenborg’s Lunars”