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デモと過激化

先日書いたポスト「デモの不安と市民の自由」においては、デモの自粛を求める人達の議論にたいして反対意見を述べた。自粛を強いられた状態は、民主主義にとって不可欠な政治的自由を奪われた状態とさえ言えるかもしれないと意見した。

では、仮に有権者の政治的自由を最大限にみとめ、人々の路上での抗議行動を認めたとしよう。それは社会的秩序が失われることにならないのだろうか。自由を最大限認めたデモクラシーにおける社会的秩序とは、いったいどのように確保されるのか。このように問う人は、特に政治や行政に携わっている人達の中に、沢山いるのではないだろうか。

ここで「秩序がなくなる」と言った時の含意はなんだろうか。暴力に訴えること、デモ自体が教条化する・セクト化すること、などがありそうだ。つまり抗議行動を許すことの不安の源泉には、政治的自由を行使している有権者集団そのものが、結局のところ他者の自由を否定し、民主主義的討論のプロセスに、言葉と物理的暴力を持ち込むのではないか、という疑惑があると言えそうだ。つまり、自由と民主主義を尊重したい有権者は、抗議行動が言論と行動において過激化する(もしくはしている)のではないかという不安には、真摯に応える必要があろう。これは、政治・行政に近しい人だけでなく、実に沢山の人が共有している不安かもしれない。

実際、過激化・セクト化の不安は、戦後日本には特に根深いものだと言えるだろう。学生運動や抗議行動が世界的に広がったのが1960年代だ。日本でも、安保闘争をはじめ、一連の抗議行動が勃発した。「総括」や「内ゲバ」といったフレーズが彷彿とさせるように、暴力による革命的政変を求めた集団は、分裂と過激化を繰り返し、グループ内部においても異論を認めない者をリンチした集団として、歴史に名を残すことになった。もちろん、現代日本から離れた時代・場所においても、特定の政治的(もしくは宗教的)理想を掲げた集団が、セクト化・過激化した例は数多くある。ピューリタン革命直後のイギリスにおいては、検閲制度の停止後に宗教的セクトが乱立したし、1789年にいわゆる「人権宣言」が採択されたフランス革命最中のパリでは、ジャコバン派などが崇高な理想の名の下に「テロル」を正当化し、「革命の敵」政敵と認定された多くの男女をギロチンによって処刑した。自由や国民性などの「歴史上の大きな理想の祭壇において、個人が殺戮されてきた」という事実を直視せよ、と喝破したのは哲学者のアイザイア・バーリンだ*。自由と民主主義を尊重する私たちは、政治的運動は分裂・過激化しやすいものだと認識しておく必要があるだろうし、政治的理想が暴力を手段として肯定してしまう危険性を、一時も忘れてはならないだろう。

しかし、だからといって、デモや公的な場での抗議行動が過激化してしまうのは避けられないのだろうか。私たちは「デモなんてあぶない運動家がやってたことだろう」という主張を黙って見過ごしていればいいのだろうか。ここでも、戦後日本のケースだけに埋没する必要はない。歴史を振り返れば、抗議行動が多くの人々の心を動かし、そして過激化を巧みに避けつつ重要な結果を勝ち取った例をみつけることができる。マハトマ・ガンジーらが行なった「不服従運動」アメリカのキング牧師などが参加した「公民権運動」などは教科書にも載るような著名なものだろう。また、1968年に学生運動が波及した際は、例えばオランダでも学生・教員による抗議行動があった。その運動は一定の成果を勝ち取ったし、本年2015年にも、アムステルダムの自由大学では、学生の数が少ない語学コースの廃止を打ち出した経営陣に対して、学生と教員が抗議行動を展開している**。その結果、語学コース縮小は要求どおり回避されることになったようだ。これらの個別事例からは、抗議行動を政治的プロセスに活かしていくために必要な諸条件についても、多くのことを学ぶことが出来るだろう。しかし、今の私たちには、抗議行動が政治過程において積極的な役割を果たしている社会があることを確認するだけでも、十分なはずだ。「抗議行動は過激で不毛」と決めつける必要はないこと、デモのような抗議行動が、ガバナンスの仕組みの一つとして機能する可能性が実際にあること、これらの事実を念頭において私たちは日本の政治社会の未来を想像し、創造することができるはずだ。ちなみに、アメリカの公民権運動に先立って、1930年代南部アラバマ州において黒人の差別撤廃に向けて活動をしていたのは、実は共産主義者だったことが、UCLA教授のロビン・ケリーらの研究によって明らかにされている***。共産主義者の関与を漠然と否定的に捉えることは慎むべきであろう。

では、現代日本のデモと言論の話題に戻ろう。日本において過激化のリスクを慎重に避けながら抗議を継続していくには、どのような工夫が必要だろうか。ここでは、自由と民主主義を尊重する人達が、特に日本で政治的主張をしていく時に留意するとよさそうな原則を列挙してみたい。

1)【暴力の否定】暴力の肯定は憎しみや悲しみを生み出すし、抗議行動の社会的なすそ野を狭めてしまうことにもなるだろう。これは抗議行動を持続化にするための大前提だろう。

2)【発言をする有権者へのリスペクト】そもそも政治的な話題を日常的に議論する習慣がそれほど強くない今の状況では、匿名でむやみやたらに絡んでくる人は別にして、特に実名で政治を話題にすること自体、それなりの勇気がいる。政治的意見を責任をもって公表できる人がこれから増えていくように、なるべくリスペクトを持って接するようにしたいものだ。

3)【人格抗議を避ける】水平的な議論や異論反論においては、相手の人格を攻撃することのないように留意しよう。「こいつはバカ」とか有権者に向かって宣言すべきではないし、「売国奴」や「反日的」などのフレーズで相手を批判するのは論外にしても、進歩的な意見を持つ人が「へサヨ」「クソフェミ」のようなレッテルを貼って議論を終了するとしたら、ネトウヨと同じレベルになってしまうだろう。

4)【建設意見と揚げ足取りの区別】その為にも、建設的な議論をしようとしている人と、揚げ足取りが目的になってしまっている人との区別を慎重にしよう。意見や政治的価値観が違っても建設的な議論を出来る方もいるし、進歩的な価値観を共有していても、建設的な議論を出来ない人もいるものである。揚げ足取りをしようと思っている人に対応し続けると、議論自体が空転したり、不要に険悪な空気だけが蔓延することになるだろう。

5)【新参者の心構え】特に日本特有の状況だが、これまで政治活動をしてきた人達と、最近政治について抗議行動に参加するようになった人達との距離感には気をつけたい。長年にわたって抗議活動などに携わっている「古参」の方々は、これまで警察や公安などの有形無形の圧力や、不当逮捕の危険などに直面してきたことが推察される。60年代の学生運動のあと、大部分の日本人が政治から遠ざかっている時代において、そのような人達が直面した不安や憤りやご苦労などは、想像をすることすら難しい。2011年の震災後に、私のような「新参者」が気軽に抗議に参加できたのだとしたら、やはりそうした方々の苦労やノウハウに負うところが多いのではないだろうか。その事実を認めたうえで、一定のリスペクトを持って抗議のあり方や、前提となる政治的スタンスについてお互いに吟味をし、異論反論を展開するのが理想だろう。そうした立場の違いを逆手にとって「おれは古参なんだ」とひらきなおったり、権威的な態度をとったりするのが望ましくないのは、言うまでもない。

6)【色々な距離感をみとめる】緩やかな連帯と言論空間が維持できず、急進化がすすんでしまうことがある。例えば自分の仕事や(学生であれば勉強や就職活動)を犠牲にして政治的異議申し立てに身を捧げた人達が似た者どうしで結束を強めてしまうと、片手間で抗議に参加した人達を「覚悟が足りない」、「俺たちはもっと大変な目に遭っているんだ」という風に批判したくもなってしまう。これは参加へのハードルを上げることになる。「少数精鋭」と言えば聞こえがいいかもしれないが、実際は、異議申し立ての社会的な支持基盤が掘り崩されて「セクト化」が促されているようなものだろう。批判されている政権にとってこれほど都合のよいことはないだろう。

7)【未完のプロジェクトとしてのデモ】最後に決定的に重要な論点として、デモや抗議行動というのは、つねに変わりゆく政治過程の一部であって、発展途上にあるということを忘れないようにしたい。つまり、特定のデモや議論や出来事をさして「◎×のデモはすべからく過激だ」と結論づけることのないようにしたい。それは、一度失敗した起業家にレッテルを貼って二度と信頼しないようなものである。それではビジネスにおいても政治においても活力が失われ、長期的にはジリ貧におちいってしまうのは同じではないだろうか。むしろ、抗議行動は民主主義そのものと同じで「未完のプロジェクト」であるはずだ。人間は過ちを繰り返してしまう弱い存在であるが、そうした弱い人間の集団が「にもかかわらず」現状の改善と進歩を望み、過去から学び、地道に「不断の努力」を続けていく。これこそが、民主主義における政治的権利の行使というものであろう。そのプロセスに向き合う決意を、美しくも正鵠に表現したのが、以下に引用する日本国憲法第12条である。この憲法の精神にのっとり、常に公共の福祉のために、政治についての自由および権利を行使していきたい。

 

「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」

 

2015年8月22日
山本浩司

 

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*バーリンの論文「二つの自由の概念」の原文[Two Concepts of Liberty] はこちらから読むことが出来る。https://www.wiso.uni-hamburg.de/fileadmin/wiso_vwl/johannes/Ankuendigungen/Berlin_twoconceptsofliberty.pdf 「自由」や「正義」などの理想の名の下に正当化されてきた幾多の暴力と悲劇を振り返ることで、およそあらゆる理想を標榜する国家や政権の介入から自由であるべき個人の領域を「消極的自由」として析出した論文。20世紀政治哲学の名著。日本語訳は「自由論」みすず書房に所収。
**1968年のアムステルダムでの学生運動については、オランダの大学院生が作成したものだが、写真やインタビューなどが豊富な次のサイトが参考になった。http://www.occupytheuniversity.uva.nl/the-maagdenhuis-occupation/
今年になってからのVUでの抗議行動(8月現在継続中)については、次のサイトなどを参照のこと。https://www.facebook.com/NewUni
***Robin Kelley, Hammer and Hoe: Alabama Communists during the Great Depression (1990), p. 116 et passim.